
松尾芭蕉(まつお・ばしょう) 1644年~1694
江戸時代の俳諧師。

江戸時代の俳諧師。
芭蕉は、和歌の余興の言捨ての滑稽から始まり、滑稽や諧謔を主としていた俳諧を、蕉風と呼ばれる芸術性の極めて高い句風として確立し、後世では俳聖として世界的にも知られる日本史上最高の俳諧師の一人である。
ただし芭蕉自身は発句(俳句)より俳諧(連句)を好んだ。
元禄元年3月27日(1689年5月16日)に弟子の河合曾良を伴い江戸を発ち、東北から北陸を経て美濃国の大垣までを巡った旅を記した紀行文『おくのほそ道』が特に有名である
(ウイキペディアより)

琴平神社 向こうの青空のあたりはもう海です。

文月や六日も常の夜には似ず ほせを
元禄二年(一六八九)の雛祭りも過ぎたころ、「奥の細道」の旅に出た松尾芭蕉は、七夕の前日、直江津今町に入ります。
宿のことで少し行き違いも起こりますが、夜に至って今町の俳人達と句会を催し、「文月や」の句を詠みました。
出雲崎で想を得た「荒海や」の句もこの句会で披露したといわれています。
「奥の細道」には、病おこりて事をしるさず、、とありますが、直江津に二泊、高田で三泊し、五智如来、居多に参拝して越中へと旅立ちました。
原本・現存の碑の文字を再刻 三八朝市周辺まちづくり協議会