直江津さんぽ
直江津
さんぽ直江津黄昏妄想散歩エッセイ 昭和青春歌謡
このごろよく黄昏の路地を歩く。
春の暖気と日没が遅くなったせいで、午後六時ころからのろのろ歩き始めれば、ちょうど夕日が家々の壁を赤く照らす。どのコースを歩くというわけでもなく、むしろ迷子になりたくて歩いている気もする。
健康のためというわけではないので、かつての青春時代の音楽などを聞きながら、気まぐれに歩く。散歩は彼方まで見通せる直線道路より、右に左に折れ曲がる狭い路地がいい。
やがてぽつぽつと窓に明かりが灯る。向こうに洒落た小さな家が見えてくる。きっと若い夫婦が暮らしているのだろう。
―君となら一緒に暮らしたかった。ふたりでいつも立ち止まってしまう、あの赤いレンガの家で―
(かぐや姫・置手紙)
夕ごはんの香りが漂い、風呂の匂いも混じってくる。木造二階建てのアパートの窓辺に植木鉢の影が見える。
〝きっとふたりで買った植物なのだろう。でも、もう枯れてしまった。この冬、彼女はここを出て行ったから〟
そういう想像をしながら歩く。
―ほんの小さな出来事に愛は傷ついて、君は部屋を飛び出した。真冬の空の下に―
(チューリップ・サボテンの花)
また別なアパートが見えてくる。黄色いチェックのカーテンの向こうに明かりが灯り、ハンガーの影がいくつも並んでいる。
―若かったあの頃、何も怖くなかった。ただ、あなたの優しさが怖かった―
(かぐや姫・神田川)
不意に路地の狭間に夕凪の海が見える。黒く影になった露地の向こうに、びっくりするような青が光る。港町の露地歩きの楽しみは不意の海に出くわすことだ。
―やさしさが壊れた。海の色は、たとえようもなくて淋しい―
(井上陽水・冷たい部屋の世界地図)
そういえば、若い頃、自分もこんなアパートで暮らしてたっけ。そんなことを思い出しながら歩いてゆくと、誰もいない広場の脇で、青い闇の中に満開の桜が浮かび上がる。桜の下には、懐かしいひとが、若い姿のままで佇んでいる。
―青春の後ろ姿を、ひとはみな忘れてしまう。あの頃の私に戻って、あなたに、会いたい―
(荒井由実・あの日に帰りたい)
さらにいくつも露地を曲がりながら歩いてゆくと、やがて広々とした線路脇に出る。駅に近いので何本もの線路が並んでいる。青い残照の中で、不意に三日月と金星が輝き出し、遠くから一両だけの電車がやってくる。闇に浮かぶ車窓には、五人ほどの乗客がうつむいて座っている。
―それぞれに待つ、人のもとへ、戻ってゆくのね、気づきもせずに―
(竹内まりあ・駅)
通り過ぎた電車がだんだん小さくなり、大きく左にカーブして、家々の灯りの中へ消えていった。
―街は静かに、眠りを続けて、口癖のような夢を見ている―
(井上陽水・帰れない二人)
散歩の時、私にはお気に入りの一軒があった。誰が住んでいるのかも知らないけれど、小さな芝生の庭があり、かわいい植木鉢がならんでいる。きっと幸せな家族なのだろう。
自分もどこかの分かれ道で、もう片方を選んでいれば、こんな幸せがあったのかも知れない、と思う。
―ダメになった僕を見て、君もびっくりしただろう。あの娘はまだ元気かい。昔の話だね―
(森田童子・僕たちの失敗)
ふいに涙が溢れてくる。
―ぼくら、夢を見たのさ。とってもよく似た夢を―
(RCサクセション・スローバラード)
闇の向こうから女のひとが歩いてくる。街灯の下ですれ違う。私は泣いているのがバレないように、星を見るふりをして上を見る。
―君だけいれば、君さえいれば、生きることさえ、つらくないから―
(水越けいこ・TO FAR AWAY)
周囲はすっかり闇に包まれ、闇の中で赤く咲いた椿の生け垣を指でなでる。昭和風の小さな木造の家の、玄関の格子戸に灯りが灯った。そして私は、カラカラとその玄関が開いて、懐かしい人が「おかえり」と微笑む幻を見る。
―時がゆけば、幼い君も、大人になると気づかないまま、今、春が来て君は綺麗になった―
(イルカ/伊勢正三・なごり雪)
明るい駅前を足早に通り過ぎ、細く暗い露地に逃げ込む。
露地を歩いてゆくと、突き当りには関川がある。長い橋の中間まで歩いて水面を見る。
昼間にはお世辞にも綺麗な水ではないけれど、夜の水面はぽつぽつと光を映して美しい。満潮の時には、海から綾波が寄せてきて、不思議な音さえ響かせるのだ。
―背中の夢に、浮かぶ小舟に、あなたが今でも手を振るようだ―
(小椋佳・俺たちの旅)
「ここまでかな」と、ひとりでつぶやき、私のさまよい散歩は終わる。そして、馴染みの居酒屋に向かって歩きはじめる。それでも何か後ろ髪をひかれて、私は何度も闇の方を振り返る。
―いつでも探しているよ、どっかに君の姿を。交差点でも、夢の中でも、こんなとこにいるはずもないのに。奇跡がもしも起こるなら、今すぐ君に見せたい。新しい朝これからの僕、言えなかった「好き」という言葉も―
(山崎まさよし・ワンモアタイム・ワンモアチャンス)
いつもの街の灯りが近づいて、幻と遊ぶ散歩が終わる。そう、これが現実だ。
―疲れ果てたあなた、私の幻を愛したの―
(杏里・オリビアを聞きながら)
お願い───
もしも夕暮れの直江津界隈の露地で、黒っぽい服を着てイヤホンをしながら、少しだけ涙ぐんで歩いている、ちょっと気持ち悪い中年男を見かけても、どうか声をかけないで、そっとしておいてください。
